はじめに
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はじめに
私は紅茶の流通業界で長く仕事をさせてもらっています。手元に紅茶が届くた びに、 袋を開いて香りを嗅ぎ、 探し求める風味があるかを確かめて、お湯を沸かします。
お湯が沸くまでの間、手のひらにのせた茶葉を指でつぶし、 乾燥と保管状態を 見ます。そしてテイスティングカップを並べ、 量った茶葉を入れたら熱湯を注いで タイマーをセットします。
蒸らし時間が過ぎたらカップの抽出液をボウルに移し、湯切りされた茶葉をカ ップの蓋の上にひっくり返します。 ぎゅっと捻れていた茶葉はお湯の中で水分を 取り戻し、葉の形に返ります。 この状態から茶園での肥培管理、茶摘み時の天候、 紅茶の運ばれてきた環境や保管状態、作り手、売り手の考えを読み解きます。
「紅茶は好きだけれど、 詳しいことはよくわからない」
という声を聞くことがあります。 そのたびに私は、
「紅茶ほどわかりやすいものはないのに・・・」
と心の中で思っています。
この紅茶に対するイメージの違いを埋めたいという思いが、いつしか胸に湧き 上がりました。私が紅茶の流通に長く関わってきた中で得た情報を紅茶が好き な皆様にお伝えして、 紅茶をもっと楽しんでいただきたい。
紅茶は、山の斜面で作られ、 工場に運ばれて加工され、 茶葉の大きさごとに分 けて大きな紙袋に詰められ、 ロットナンバーがつけられます。 これが原料紅茶です。 その後原料紅茶は、 山を降りて町に運ばれ、 倉庫に集められ、 サプライヤーが タイプ別に分類し、世界のバイヤーに連絡をとってサンプルを送ります。
バイヤーは食材探しのように必要な原料紅茶を見極め、購入希望をサプライヤ ーに伝えます。 ここまでは価格がついていないので、希望して買えることもあれば 買えないこともある。 運よく買えた原料紅茶は船に積まれ、 それぞれの国に運ばれます。
バイヤーの元に届いた原料紅茶は、大きな紙袋から小分けにして詰め替えられ、 商品へと姿を変えていきます。 ロットナンバーが付けられ完璧なトレーサビリティーのもとで管理される原料紅茶。
イギリス人が作った、 他の葉っぱ一枚混入しない物流の仕組みは、 現在も機 能しています。あるとき私の沖縄のオフィスに緑茶の専門家の方たちがいらっしゃいました。専門家の訪問は私にとってとても嬉しいことなので、 私の知る限りの紅茶の知識 をお伝えしたくて、 産地ごとに並べて味を比べる “スライドテイスティング” を行いました。
テイスティングを一通り終えたところで、 その中の1人がこうおっしゃいました。「紅茶は歴史やメーカーの話ばかりで霧に包まれ、うさんくさいと思っていたけれど、今日初めてはっきりとしたものに触れられた」同じ言葉をより多くの方から聞くことが、 いつしか目標になりました。
そののち、 出版関係の方から 「本を作りましょう」と声をかけられました。 たくさんお話しする中で、 少しずつ構想が見えてきました。 そして出版社をご紹介いただいたのが、この本が出来る2年前です。この本の中でご紹介する、 長い時間をかけてたどり着いた手法はどれも、 何かの本に載っているとか、誰かが教えてくれたというものではありません。
かつてスリランカに暮らしていたときに、 紅茶作りの現場を訪ね歩く中で出会ったそれぞれの専門家が私に見せ、聞かせてくれた情報の断片。 それらが後に、 沖縄で紅茶を栽培する中で1つに集まり、 つながって生まれた方法や考え方です。
誰かが教えてくれたなら簡単だったのに・・・。 知っていたら3年、いや5年は早く今の状態になれたのに、 と気付いた後に恨めしく思ったことは数えきれません。長きにわたって私が紅茶を仕入れ、 商品を作ることができたのは、スリランカの暮らしの中でおいしい紅茶にたくさん出会えたからです。
その感動は消えることなく、 多くのお客様に紅茶で喜んでいただきたいという思いが、私を育ててくれています。 そうして培った方法や考え方を今、この本を開いてくださった紅茶好きの皆様にお伝えしたいと思います。